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広島高等裁判所松江支部 昭和57年(ラ)2号 決定

抗告人 大藤冬彦

相手方 山下佐代子

主文

原審判を取り消す。

本件を鳥取家庭裁判所米子支部へ差し戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書記載のとおりである。

所論にかんがみ検討すると、まず、およそ、養育料支払を命じた審判が確定しそれを債務名義として強制執行がなされている場合において、事情変更により右審判が実情に適合しなくなつたときは、申立により事情変更の時点に遡つてその審判を取り消し又は金額を減ずる新たな審判をすることができると解されるのであるから、審判前の保全処分としては、右取り消し又は減額を求める審判事件を本案として、家事審判法一五条の三、同規則五二条の二により先の確定審判の執行停止を求める申立をすることができると解される。しかして、この場合においては、厳密な意味での、民事上のいわゆる被保全権利のあることまで必要であるとは解されないが、本案事件の認容の蓋然性、保全処分の必要性及び本案事件の審判において一定の裁量的権利義務形成の蓋然性が必要である(なお、原審判が「保全されるべき権利(利益)」というのは、厳密な意味での前記被保全権利を指しているものではなく、右裁量的権利義務形成の蓋然性を含めて指称しているものと解される。)。

そこで、原審判事件記録によると、抗告人は、鳥取家庭裁判所米子支部昭和五五年(家)第四三九号、第四四〇号養育料請求申立事件(申立人山下佐代子、相手方大藤冬彦)の確定審判を債務名義として養育料支払いの強制執行を受けていること、抗告人は、同支部昭和五六年(家)第五三七号、第五三八号養育料減額請求事件の申立をし、同事件を本案として、本件審判前の保全処分の申立をしたこと、同保全処分の申立の事由として、前記確定審判において少くとも八万一二〇〇円の月収があると認定されている抗告人の妻英子が低血圧症等により昭和五六年八月以降は全く稼働しておらず無収入となつた等の事情変更を挙示していることが明らかである。そうすると、本件審判前の保全処分の申立は、主張自体に照らして右権利義務形成の蓋然性がないとすることはできない、というべきである。

よつて、本件即時抗告は理由があるので、主張自体によつて右保全されるべき利益がないとして申立を却下した原審判を取り消し、本件を鳥取家庭裁判所米子支部に差し戻すこととして、家事審判規則一九条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤原吉備彦 裁判官 萩原昌三郎 安倉孝弘)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を鳥取家庭裁判所米子支部へ差戻す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原審判の理由は、要するに、仮りに五三七号、五三八号事件について申立人請求のとおりの審判がなされたとしても、同審判の確定前においては四三九号、四四〇号事件の審判はその効力を何ら減じることはないから、仮りに保全の必要があつても保全されるべき権利(利益)がないので、本件保全処分申立は理由がないというのである。

二 しかしながら、この理由とするところは、審判前の保全処分の性質を全く理解していない。謬論という他はない。

とりあえずそのいくつかを指摘すると、第一に、原審判理由は本件保全処分の要件を被保全権利と保全の必要性の存在であるとしているが、これは誤りである。即ち、民訴法の保全処分では周知のように被保全権利と保全の必要の存在を不可欠としているが(これは権利者に対する義務者が存在するといういわゆる当事者対立構造をとることを意味する)、審判前の保全処分は全く異なるのであつて(例えば、禁治産宣告事件ではそもそも当事者対立の観念を入れる余地はないし、乙類審判事件では一応の当事者対立関係は存在するものの、子の教育監護に関する事件のように、事件本人の利益保護を第一義とするため、当事者本人に帰属する権利というものを観念しにくい場合がある)、その要件は別個に考えられなければならない。

第二に、原審判理由は被保全権利がない限り保全処分はできないとしているが、これは家事審判法の特殊性を云々する以前の民訴法の無理解に基づく謬論である。即ち、一般に民訴法においても仮の地位を定める仮処分の一つとして強制執行停止の保全処分が認められていることは周知のとおりであるが、この保全処分が厳密な意味での被保全権利の存在を前提としていないことは明らかであつて、仮執行宣言付判決に基づく強制執行を上訴申立と同時に停止する場合を想起すれば一目瞭然である。

三 審判前の保全処分は、終局審判が効力を生じるまでの間に、事件の関係人の財産に変動が生じて後日の審判に基づく強制執行による権利の実現が困難となつたり、あるいは、その間における関係人の生活が困難や危険に直面するという事態を生ずることが少なくないことから、これらに対処するため、暫定的に関係人間の権利義務を形成して、保全を必要とする者の保護を図ろうとするものであつて、実質的要件は、本案審判の申立認容の蓋然性と保全の必要性の存在であると解するのが妥当である。(同旨 司法研究報告書二八輯一号「家事・人事事件に関する保全処分の研究」八七頁、昭和五六年三月家庭裁判所資料一二一号「改正民法及び家事審判法規に関する執務資料」一〇〇頁)

問題は本件保全処分申立のように、養育料支払を命ずる審判確定後に事情変更によりその内容が実情に適さなくなつた場合に、その後の審判による実質的変更に先立つてその債務名義性を奪うことを内容とする審判の一部先取りの仮の地位を定める仮処分として、原審判の執行の全部または一部を停止する仮処分ができるか否かであるが、前述した審判前の保全処分の趣旨あるいは家事審判の有する合目的的法律・生活関係形成の機能・目的からして、これを肯定すべきと解する。(同旨 前記家裁資料一二一号八六頁)

四 本件保全処分申立において申立人が疎明したとおり、申立人家族の一か月の生活程度は一一万七〇〇〇円であるが、現在のインフレの世の中においては家族二人が人間らしい生活をするにはまさに最低限度以下の金額であることは明白である。まして妻はまもなく出産であり、栄養補給費、出産準備の諸費用、新しい子供の誕生によつて家族は三人に増えそれだけまた費用が必要なのである。

本案事件相手方は昭和五六年一〇月より一か月につき抗告人の上記生活費用一一万七〇〇〇円のうち五万円(家賃収入)を差押え、これによつて現在の抗告人家族の一か月の生活費は六万七〇〇〇円となり、抗告人家族はまさにその生活、生命維持に大きな打撃を受け、危険に直面している。

五 原審判は、緊急を要する保全処分申立にもかかわらず、これを一か月も放置し、しかもこれを全く誤つた、無知としか言いようのない理由に基づいて却下した。こうした誤判によつて損害を蒙るのは抗告人という生きた人間そのものであり、またその生活であり、妻であり、新しく生まれようとしている生命である。

抗告人はすみやかに救済されるべきである。

六 なお、若干付言するに、抗告人は、四三九号、四四〇号事件において、家裁調査官の呼出にも全く応ぜずその審判に対し中傷をするのみで不服申立手続をとらず審判は確定した。抗告人が同審判に批判をする根拠は一部分納得できる点もあるが(例えば、審判は生活程度の算出にあたつて住宅ローンの支払を無視し、住宅ローン支払を控除する計算をしていないが、これはマイホームを持つことを一生の夢としているサラリーマンにとつて若いうちに資金の借入ができて家を建てた場合、定年退職時まで毎月多額の返済をしている一般常識のもとでは住宅ローン支払は生活のための必要経費というべきであり、これを必要経費として控除していない審判は庶民の感覚に合致せず、「世間しらず」あるいは「現実離れ」のそしりを免れず、私は五三七号、五三八号事件においてはこの点について庶民の現実に即した審判がなされると信じている)、中傷等はもつての他である。

抗告人は、現在自らの態度を反省し、その誤ちに気づき、自らの現実を顧みて、かけ値なくまさに危険に直面したその生活、生命の救済を求めて裁判所に本件保全処分を申し立てているものである。

七 本案審判申立は四三九号、四四〇号事件の審判の昭和五五年一〇月末日支払分以降のすべて養育料を〇円に減額することを求めるものであり(事情変更が生じた日以降に支払期日のくる養育料のみの減額に限つていない)、その認容の蓋然性及び保全の必要性の存在の疎明は充分であると思料する。(なお未だ強制執行によつて満足を受けていない養育料については、事情変更日以前といえども減額が認容されるべきであると考えるが、仮りに事情変更日以降の養育料のみしかその減額が認められないとしても、その限度での保全処分はもちろん可能である)

貴高裁の御高断を求める次第である。

よつて本即時抗告に及んだ。

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